先月に書いた
記事に夫のおじいちゃんのことを書きましたが、そのおじいちゃんが
昨日の夕方帰らぬ人となってしまいました。
昨日の朝早く7時過ぎに、おじいちゃんが入院していた病院から
おじいちゃんが呼吸困難を起こしているとの連絡があったようです。
そこにお義父さん、お義母さん、 叔母さん、その2人の息子たちは急いで病院に
かけつけたんですが、私達に連絡をくれたお義父さんに私とダンナが病院に
行きたい旨を伝えると、 お義父さんは、もうすでに5人いるし、これ以上人が
来て欲しくないようとお義母さんが言っていたようで、無理には行けず
私は家におとなしくいました。
実は昨日は父の日で、夫は週末にブロムリーという街で行われたクラシック
カーショーにお義父さんを朝早くから連れて行く予定だったんですが、
おじいちゃんの容態が悪かったので取りやめになりそうでした。
そのあとお昼前に病院から家に戻ったお義父さんは、おじいちゃんは
今日は大丈夫だろうと言っていたらしく、お昼ちょっと前にみんなは
カーショーへ行きました。
私は最近忙しくて、疲れ気味だったこともあり、遠慮しました。
しかもおじいちゃんがこういう状態のときに、行く気にはなれなかったのです。
夫がカーショーに行ったあと実家に戻ると、お昼過ぎには病院から
戻ってきていたお義母さんが、また病院に行くと言っていたようだったので、
今度は私も行きたいと言うと、夫も行きたがっていたので、今度は
行くことにしました。
夫が戻ってくる途中で、お義父さんから電話が入って、おじいちゃんの
容態が悪化して、かなりの呼吸困難を起こしていると病院から電話が
あったようで、今から病院に行っても間に合わないかもしれないよと
言われました。夫に電話でそのことを伝えると、間に合わなくても
行くと言って、私を迎えに来て急いで病院に向かいました。
すると、おじいちゃんがいたはずのところにはカーテンがひかれてあって、
夫はおじいちゃんが別の部屋に移されたと思ってて、看護婦さんに
おじいちゃんの名前を言うと、家族の人が来てますと別の部屋へ通され
ました。
そこにはお義父さんとお義母さんがいて、
「He's gone. (逝ってしまったよ)」とのこと。
2人とも間に合わなかったそうです。
お義母さんから聞くと、昨日の朝呼吸困難を起こしていたおじいちゃんは
息が思うようにできない苦しさで両手を伸ばしてバタバタしながら
必死にもがいていたとのこと。
もうこれ以上見ているのは辛すぎるということで、叔母さんは途中で
部屋を出て、そして朝病院に駆けつけたみんなは、いったん帰って
また落ち着いてから夕方からでも行こうとしていたようです。
老人ホームに早く入れてあげたくて、今その調整中で、月曜日(今日ですね)
には、その結果が来て今週中にでも老人ホームに入れてあげる予定だったん
ですが、間に合いませんでしたね。
苦しんだ自分のお父さんの姿を見たお義母さんは、もう苦しまなくて
すむのでホッとしたようでした。
私と夫は先月お見舞いに行って以来だったので、おじいちゃんに
さようならを言いたくて、おじいちゃんにさようならを言いに、遺体と
対面しました。
ご飯もあまり喉を通らなくなっていたようで、かなり小さくなっていた
おじいちゃんを見てびっくりしたんですが、私と夫はそれぞれお別れの
言葉を言い、病院を去りました。
このおじいちゃんなんですが、働き者で、おばあちゃんをとても愛していて、
7年前くらいにおばあちゃんをアルツハイマー病で亡くしてから、
しばらくはかなり落ち込んでしまっていました。
私が初めておじいちゃんと会った2001年の夏は、おばあちゃんを
亡くして間もないころで、もう何もする気力もないと言って、
おばあちゃんの話をしながら、涙をボロボロこぼしていました。
私がイギリスに住みはじめた2003年からは、行事ごとに会ったり、
緑内障を患って視力が弱っていたおじいちゃんを、週末には夫と
買い物に連れて行ったり、ご飯を作って持って行ったりしていたんですが、
外国人の私を家族のように優しく迎え入れてくれて、自分の家族のように
扱ってくれました。
私が作ったご飯もいつもおいしいって喜んで食べてくれたし、私に会うたびに
ほっぺにキスしてくれて、喜んでくれました。
頑固で気難しい面もあったそうですが(特に自分の娘たちの前では)、
いつも穏やかで気の優しい、働き者で自分の奥さんには忠実だった
おじいちゃんが大好きでした。
夫は、病院に行く前の私からの電話を受けて
「おばあちゃん、自分たちが病院に行くまで、どうにかおじいちゃんを
引き止めてて」
と願ったそうですが、そのすぐあとに
「いや、おじいちゃんをベストな状態にさせてあげて」
というようなことを思ったそうです。
私達家族の誰にも見取られずひとりで逝ってしまいましたが、これが
おじいちゃんにはベストな状態だったのだと思います。
今ではやっとおばあちゃんと再会できて、一緒にいるのかなーと
思います。もう苦しさから開放されたというのが、私たちとしては
ほっとしています。
アルビー(私はそう呼んでいました)、今までありがとう。
アルビーの作っていたダンディーケーキとBBQソースのレシピは
家族代々、私が責任を持って受け継いでいくからね。
1924年2月29日ー2008年6月15日
ALBERT LAKE
実はチャーリー・チャップリンのお父さんと、夫のおばあちゃん(アルビーの
奥さん)の元プロボクサーだったお父さんは、お友達だったそうでチャップリンが
小さいころはよくご飯をもらいにおばあちゃんの家に来ていたそうです。
ということで、チャップリンのビデオや本がいくつかあって、今思いつく曲といえば、
これですかねー。
この曲をアルビーに捧げます。
テーマ:心に沁みる曲 - ジャンル:音楽